海上自衛官として約10年間潜水士として勤務してきました。
若い頃は勢いと体力で何とかなっていました。
技術を磨くことなくなんとなく潜水を続けていたことが一番の要因だと思いますが、それ以上に潜水士を辞める3年前くらいから自分の体に変化を感じるようになりました。
それは長時間(といっても数十分)の潜水や深い深度における潜水時に思考が回らなくなったり、頭がぼーっとするような状態にすぐ陥ることです。
潜水士になりたての頃は決してそんなことはなかったように思いますがが、30代になり特に深深度での窒素酔いが酷くなってきているように感じました。
今回は自分が10年間続けてきた潜水士という仕事を辞めるに至った経緯を紹介します。
窒素酔いってなに?
ダイビングでよく聞くキーワード「窒素酔い」ですが、その名の通り窒素を吸うことでお酒に酔っ払ったような状態になることを言います。
水深30mくらいから症状が現れることが多いようです。
一般的な症状として以下のようなものがあります。
- 酒に酔ったような高揚感
- 幸福感
- 体が思い通りに動かない
- 思考力の低下
- 記憶力の低下
- 反応速度の低下
- 意味もなく楽しくなり笑う
- 気分が落ち込む
- 気持ちが大きくなり自信過剰になる
- 根拠のない安心感から危険な行動をとる
- 不安が強くなりパニックを起こす
症状が出始める深度も一様ではなく個人差があり20mくらいから症状が出る人もいるようです。
ダイビングをするときの体調や環境も窒素酔いと深い関係があります。
水中で激しく動いたり、流れが強い海域で泳ぎ続け空気を大量に消費する。
疲労感や脱水の症状がある。服薬している。二日酔い。寒さ、深さ、暗さなどの環境的要因。経験不足、潜水技術などの不安やストレスも影響を与えると言われています。
暗いと何も見えないし何もできない
窒素酔いが酷くなるにつれて暗い所での作業がほとんどできなくなってしいました。
通常潜水作業は2人1組で行います。
潜水前は自分はこれ相手はこれと役割を決めておくのですが、いざ潜ると訳が分からなくなってしまい、相手にすべて作業をしてもらうことが続きました。
重錘を浮上しやすくするためにエアーバルーンを取り付ける簡単な作業すら暗かったり泥で視界が悪いと全く出来ず無意味に手を動かしたりなぜかバディの頭を撫でたりしてむしろ作業の邪魔になることをしていました。
毎回同じ人と潜る機会が少なかったことや自分の窒素酔いの状態を隠すため、敢えて同じくらいの潜水経歴の人間でなく先輩や上司と潜って誤魔化していたこともありました。
「今日は体調が悪かったのか?」とたまたま今回はうまくいかなかったような感じを演出してうやむやにして逃げていました。
自分でも薄々危険だなと感じつつも、人に話すのも恥ずかしいしなんとかなるかなくらいにしか思っていませんでした。
しかし職場が変わりより深い場所でしかも2人で作業しなければいけない状況が増えたことにより、周りに窒素酔いが酷く何もできない状況がバレることになります。
自覚していていながらひた隠しにしていた自分が悪いのですが
一緒に潜ってるのに何の役にも立たんな
「邪魔なだけ」
「見てるだけならいらんな」
と言われ続けたことは今まで黙ってきたツケが回ってきたのだと感じました。
潜水作業を2人1組で行うのはお互いの命を守るためでもあります。
一方的に助けてもらおうとしている私に対して怒りをあらわにするのは当然です。
何か起きた時に助けてくれないバディなど必要ないということです。
私に起きた窒素酔いは思考力、記憶力、反応速度の低下、不安によるパニックだったと思われます。
潜る前から作業について常に不安と恐怖が付きまとっていたこともあり、窒素酔いを更に助長していたものと考えられます。
浅くても頭痛やぼんやり感があるのは二酸化炭素のせい?
深深度での潜水場面以外でも思考力が低下していることがありました。
窒素酔いが起きるような深度ではないにもかかわらず、頭がボーっとすることが続いていました。
最初は窒素酔いかな?っと思っていまいたが自分の呼吸の仕方に問題があることが分かりました。
それは潜水中に息を我慢しすぎることです。
ボンベの空気の量が多く残っているのはうまいダイバーだと潜水の最初の学校で言われてきました。
初心者の時の刷り込みはとても強力で潜水を始めて10年経ってもその教えを信じ続け、結果少ない呼吸が習慣化していました。
潜水時の空気使用量はとても少なくて潜れるのですが潜るたびに頭痛が襲い、潜水中は頭がボーっとしてくるのが慢性化していました。
それは体内に蓄積された二酸化炭素による弊害であり、職業ダイバー、レジャーダイバー問わず安全な潜水を考えると改善した方がいい状態といえます。
潜水中に意図的に息止めをするとボンベの空気を節約できるように思われますが、実際は血中の二酸化炭素濃度が上昇し呼吸中枢を刺激することから呼吸量の増加につながります。
確かに余力を残した潜水ができることはいいことかもしれませんが、常に頭痛やめまいに悩ませてまで潜る必要があるでしょうか?
無理をしてまで潜る必要はないということです、人より少し空気の持ちが悪くても思考力が低下しない方が安全にかつ正確な潜水作業ができます。
海上自衛隊では空気ボンベの容量一杯一杯まで作業することはまずありません。
つまりボンベ容量の残量はある意味自己満足でしかありません。
なぜなら潜水が終わればすぐにボンベの空気充填ができるからです。
どんなに消費空気を少なくしてもすぐ充填できるのであれば息を我慢する必要はないのです。
残念ながら私が潜水の教育で大事だと思って実施してきたことはそれほど重要でなかったことが分かりました。
潜水の仕事から離れるまで空気の消費を抑えるスキップ呼吸は治ることはありませんでした。
空気ボンベ残量がゼロになってパニックに陥る
海上自衛隊では潜水士になるために複数の教育を受ける必要があります。
潜水の入門であるスクーバ潜水課程で潜水中に起きそうなアクシデントを体験それに対して冷静に対応できるよう訓練します。
アクシデント想定の一つにボンベのバルブが閉まった状態(開け忘れ)があり、教官たちが片っ端から学生のバルブを閉めていきます。
実際のダイビングではエントリーの時にバルブの開け忘れはあるかもしれませんが、空いていたバルブがダイビング中に閉まってしまうことはまれでしょう、強いて可能性を挙げるとするとパニックに陥ったバディを助けに行って相手に誤ってバルブを閉められる・・ことが考えられるかもしれません。
私も一応そんな教育を受けて潜水士となりましたが、潜水から身を引く数年前から窒素酔いやスキップ呼吸による影響も少なからず背景にあったことも踏まえ危機管理能力が著しく低下している状態にありました。
あるときの潜水訓練中に同期のおふざけでボンベのバルブを閉められてしまいます。
私は全く気付かずふと空気の残量を見た時に恐怖を覚えました。
なんで残圧0?どこからか知らないうちに空気が漏れていたのか?水深は20m・・浮上するより近くのダイバーに空気をもらった方が早いが視界内にいない。
ヤバい死ぬかも。死にたくない。死にたくない。ゲージを見た瞬間に様々な思いが駆け巡りパニックになりました。
近くのダイバーに助けを求めるのが速いか後ろにいた同期がバルブを開けるのが速いかというタイミングでレギュレーターを咥えさせられなんとか死なずに済みました。同期からは
「まさかバルブ閉めたくらいでパニックになるとは思わなかった、怖くてお前とはもう潜れんな」
と言われ、周囲の人にも醜態をさらしたことによりダイバーとして一番大切な信頼を失うことになりました。
さいごに
10年続けてきた潜水士を辞めることになったきっかけの一部を紹介しました。
潜水士になるには厳しい教育を受ける必要があります。しかしどんな世界でも学校はあくまで入口でありその後実践の中で技術を磨くことが大切です。
私は自分の体に起きた変化に対して特に対策を取ることなく漫然と潜水業務に携わってきました。
何とかなるだろう、次は大丈夫かもしれないと考えていました。もちろん何も変わることはなく結果として自分の命を危険にさらすことになります。
呼吸法の改善や技術の習得により潜水士を続けることもできたかもしれませんし、プライドや周囲の目を気にせず潜水という仕事に執着しなければもう少し早いうちに進路を変更できたかもしれません。
ベストな選択は分かりませんが、あのまま潜水を続けていたら死んでいたかもしれないということは可能性の一つとしてありえるでしょう。
ダイビングは決して嫌いでやめたわけではありません。
地上では見ることのできない生き物や景色を見る貴重な機会を与えてくれます。
私の失敗を参考にダイビングで起きうる体の変化や機器の故障などへの対応を学んだうえで安全にダイビングを楽しんでもらえることが出来ることを願っています。
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