潜水方法の一つに飽和潜水があります。
レジャーダイビングは、非飽和潜水に分類されます。
飽和潜水は、体の中にガスを飽和させることで、潜水時間の制限がなくすことが出来ます。
そのかわり、浮上するために長い時間をかけて、飽和したガスを体外に排出する必要があります。
一度体内にガスを飽和させてしまうと、浮上速度は一定時間を守らなければいけないので、海底での作業時間が長いほど潜水効率は向上します。
飽和潜水は、より深くより長時間より安全に、作業をすることを可能にする潜水方法です。
現在日本では、海上自衛隊とアジア海洋株式会社の、2か所でしか実施されていない貴重な技術となっています。
今回は、海上自衛隊で飽和潜水を経験してきたことを参考に、飽和潜水の魅力について紹介していきたいと思います。
高額な潜水作業手当
潜水士の魅力といえば真っ先に思いつくのは高収入だと思います。
海上自衛隊の飽和潜水員も深海に潜った時にもらえる手当は高額です。
詳しくは私が実際に貰ったときの話が下の記事で書いてあるので読んでみて下さい。
海上自衛隊では潜水艦救難艦に乗り組み、実際に海に潜って潜水艦救難訓練や航空機救難訓練、遺失物捜索などの作業する場合と陸上の施設内にあるタンク内でシミュレーションダイブと呼ばれる深海環境と同等の圧力を掛けたタンク内で潜水生理などの実験を行う場合とで手当てに差があります。
当然実際の海に潜る方が危険が伴いますのでシミュレーションと比較して高額に設定されています。
海上自衛隊は2008年に潜水艦救難艦ちはやが実海面において450mの飽和潜水を成功させ日本新記録・世界第2位(当時)を達成しています。
ちなみに潜水深度400mを超える環境で作業を行うと潜水員の時給は1万円を超えます。
詳細はこちらを参考にしてください。
水につかっている間は、手当てが跳ね上がるのでかなり稼げます。
実は飽和潜水は潜水作業中だけ手当てが発生するのではなく、一度加圧されるとその間は常時作業しているとみなされます。
つまり加圧中や食事中、睡眠中、トイレ中であっても関係ないということです。
深海での作業を終了し浮上を開始すると減圧症を予防するため肉体労働が禁止されます、パソコンなどの仕事道具も故障してしまうのでタンク内に持ち込むことはできません。
飽和潜水の減圧中は強制的に仕事から解放されます。
出来ることといえばテレビを見たり談笑したり本を読んだりするくらいです。
減圧中は、食事や洗濯は外の人たちが全部してくれるので、とても優雅な生活ができます。
特にすることがない状態でも、毎日24時間手当てが発生し続けます、安全に減圧し無事地上に戻ってくることも仕事の一つに入っているといることでしょう。
とっても美味しい仕事だと思います。
生身の人間が数百mも潜れるという希少体験
自衛官になり飽和潜水という仕事を知るまで、生身の人間が深海に潜れるなんて想像もできませんでした。
分厚い鉄の塊の潜水艦が潜る深海に人が潜ったら潰れるでしょ!?そう思っていました。
しかし実際はつぶれることなく潜れるわけです。
水圧の力でつぶれるのは気体です。
空気が入って密閉された状態で、水圧がかかる容器は潰されていきます。
空気の入ったゴム風船を、水に沈めると水圧により小さくなるのは、風船の中身が空気であり密閉されているからです。
もし風船に空気でなく水を入れて膨らませていたら、それはきっと海の底に沈めてみても潰れることはないでしょう。
気体は圧力により圧縮されますが、水はほとんど圧縮されることがないのです。
人の体の大部分は水分なので水圧によってぺちゃんこになることはないのです。
空気が入っている肺についても、素潜りやフリーダイビングのように潜水中息を止め続けていたらつぶれてしまうでしょう。
呼吸を止めず環境圧と同じ圧力の高圧ガスを吸い続けていれば、肺がつぶれる心配はありません。
また深く潜るには空気では危険です。
空気を吸って潜水できる深度の目安は約40m、それ以上深く潜るには窒素濃度を調整した窒素と酸素の混合ガス(ナイトロックス)やヘリウムと酸素の混合ガス(ヘリオックス)、窒素と酸素とヘリウムの混合ガス(トライミックス)を使用する必要があります。
理由は窒素中毒を予防するためです。
窒素中毒については体験談を記事にしているので参考にしてください。
レジャーダイビングでは空気以外で潜ることはありません。
混合ガスは作るのに手間がかかり空気に比べ高価なものになります。
なのでレジャーで使われることはまずないでしょう。
飽和潜水は海上自衛隊の訓練として実施されているので費用については税金が使われ当然隊員の潜水費用の持ち出しはありません。
ヘリウムは希少価値の高いガスでとても高価です。
そんなガスを吸って潜水することが出来るのは、海上自衛隊という大きな組織に所属しているからこそでしょう。
しかしながら、深海に潜る方法は飽和潜水だけではありません、海外では混合ガスのボンベを何本も持ってそれを切り替えながら100m以上の深海に潜る人たちがいますが、個人で混合の呼吸ガスやボンベなどの潜水器材をそろえるには限界があります、スポンサーが必要になるということです。
スポンサーがない普通の一般人でも海上自衛隊に入り、飽和潜水員になることが出来れば、深海に潜る希少なチャンスを得ることが出来きます。(しかも無料で潜れて手当てももらえる)
高圧環境に身を置く過酷な仕事ですが、経験することができるのは極わずかな人だけです。
100mまで潜ったことある人、日本に果たして何人いるでしょうか?
深海に生身で潜ったことがあるという経験はとても希少なものであり、一度しかない人生に彩を添えてくれるものだと思っています。
深海での貴重な体験を肌で感じることが出来る飽和潜水員を、目指す人が一人でも増えてくれることを願います。
体と頭と心を鍛える
飽和潜水員になるためには、高度な潜水知識を必要とします。
潜水生理や潜水物理、深海潜水装置など覚えておかなければいけない事が山ほどあります。
そのどれもが飽和潜水に必須であり十分な知識がなければ事故につながり最悪の場合命に関わることになります。
莫大な量の知識は一朝一夕で身につくものではなく、飽和潜水員である限り学び続けることが肝要です。
コンプレッサーや制御装置の操作、保守整備、ボンベ内の圧力や潜水可能時間管理などが身近な業務としてあることから、機械や数字に強い人にやや有利な感じがします。
しかし、実際の所は苦手意識を持たずドンドン行動して、場数をこなした人の方が進歩が速い感じがします。
飽和潜水に限らずどんな事でも準備万端になるまで待つより、最低限の知識を身につけた後は行動を起こして動きながら考える方が効率がいいということです。
飽和潜水員が深海で作業するために、身につける潜水器具はかなりの重装備です。
ヘルメットとボンベだけでも20kg以上あります。
それに加えて潜水艦救難となれば、潜水艦に空気を供給するための太いホースを持っていかなければいけませんし、航空機救難では機体の扉を開けるため、金属を切断したりこじ開けるための工具が必要となります。
そのどれもが重労働になるということです。
陸上での重量運搬と大きく違う点は
①ヘルメットによる視界の制限や深海という暗所環境
②水の抵抗を常に受け続けゆっくりとしか動けない上、浮力が掛かることで移動する際にフワフワしてしまう
③深度が深くなればなるほど呼吸するガスの密度が高くなり、息をするのに強い抵抗がある(常に息苦しい)
これらの劣悪環境で長時間作業するために、飽和潜水員に必要なものは筋力と体力です。
飽和潜水員は、知識もさることながら体力にも長けている人が多いです。
仕事の合間で、時間を見つけては走ったり筋トレしている姿が、日常的に見られます。
平日休日関係なく体力錬成と健康管理に余念がありません。
誤解を恐れず一言で飽和潜水員を表現するなら”マッチョな健康オタク”の集まりです。
筋トレやマッチョに全く興味なかった私自身も先輩方に感化された結果、筋トレにドハマりしてベンチプレス3桁を挙げることが出来るようになったのは、飽和潜水という道に進んだおかげだと思っています。
飽和潜水の特徴の一つに潜水時間が無制限というものがあります。
一般的にレジャーで行われているスクーバダイビングには潜る深さによって潜水できる時間が決められています。
空気ボンベの容量の限界であったり減圧症を防止するためのものです。
飽和潜水は、膨大な浮上時間が掛かることと引き換えに、潜水時間の制約を受けない特殊な潜水方法です。
逆に考えると、目的を達成するまで作業を続けなければならず、肉体の疲労もさることながら精神的に大きなストレスが掛かる潜水とも言えます。
自衛隊で行われている飽和潜水実務を例に挙げるなら、潜水艦乗員を全員救助するまでや墜落した航空機を捜索し、機体や搭乗員を収容するまで、休むことなく作業を続ける強靭な精神と忍耐力が必要となるのです。
飽和潜水員たちは、常日ごろの訓練や時間を見つけては実施している、地道な体力錬成により自分を追い込み、有事の際に活かせる強い精神を養う大切さを教えてくれます。
まとめ
飽和潜水の魅力を3つ紹介しました。
・高給をいただける(一番大事)
・貴重な経験ができる
・心身を鍛えられる
こんな魅力的な仕事はなかなかないんじゃないでしょうか?
世界ではオイルダイバーが飽和潜水ダイバーとして有名ですが、現在日本で飽和潜水を行っているのは海上自衛隊とアジア海洋株式会社の2か所のみとなっています。
ちなみに海上自衛隊で飽和潜水員を目指すときには注意が必要ですので、下記の記事を参考にしてみて下さい。
魅力と神秘とやりがいが詰まった仕事「飽和潜水」の紹介でした。