深海に長時間潜って作業するために飽和潜水という技術があります。
その飽和潜水に欠かせないのがヘリウムというガスです。
中学生の理科の授業で教わった覚えがある人もいるかもしれませんが、「水兵リーベ僕の船・・・」の語呂合わせで覚えた2番目に小さい元素ヘリウムのことがそうです。
元素が小さいということは軽いということで一番小さい元素を持つ水素は飛行船に用いられていたこともあります。
ヘリウムは軽くて他のガスと混ざっても燃えたり性質が変わらない不活性という特徴があるので飽和潜水のように人が呼吸するガスに適しています。
今回は身近でないけど飽和潜水にはなくてはならないヘリウムの事を少し紹介したいと思います。
ヘリウムの特徴
- 不活性
- 分子径が小さい(陽子2個、中性子2個、電子2個)
- 熱伝導率が高い(空気0℃:0.0241[w/mk]、ヘリウム0℃:0.1442[w/mk]空気の約6倍熱が伝わりやすい)
- 比熱が高い
- 軽い(空気の約7分の1)
- 音の伝導速度が速い(純ヘリウム常温1気圧:1007m/秒)
- 電離電圧が高くイオン化しにくい
- 極低温 沸点が-269℃
- 水への溶解度が低い(空気0℃:0.029、ヘリウム0℃:0.0093)
世界のヘリウム生産量と価格
出典:米国土地管理局(BLM)
世界一の生産量を誇るアメリカですが、2013年時点でヘリウムガス生産量は約7割を占めていました。
近年ではカタールやアルジェリアの生産量の増加、アメリカの生産量減少に伴い日本のヘリウム輸入先にしめる中東諸国の割合は増加しています。
一般的にヘリウムガスは天然ガスから分離・精製されますが主な天然ガスであるメタンガス中に含まれる量はわずか1~7%ほどといわれています。
宇宙において2番目に多い成分のヘリウムですが地球の大気圧中には約0.0005%ほどしか含まれていません。
理由はヘリウム原子は小さく軽いため地球の引力で大気中に留めておくことが出来ないため特に少なくなっていると考えられます。
ヘリウムの価格は20年前の2000年初めと比較して2倍程度になっています。(2019年現在)
2019年初から輸入商社卸し段階で20~25%値上がりしている状況です。
原因として考えられるのが
①アメリカのヘリウム生産量の減少
②中東カタールからの輸出コストアップ
③世界規模でヘリウムの需要拡大などです。
飽和潜水に携わっていた頃にも毎年ヘリウムの価格が高騰していました。
30日間の440m飽和潜水で3~4千万円分の潜水用ガスを調達していたことを記憶しています。
飽和ダイバーの給料も高給ですがそれ以上に飽和潜水で潜るために必要なヘリウムガスの値段には驚かされます。
一般人が入手できるヘリウムガスの参考末端価格です。
ボンベをレンタルして中身のガスを買うケースで比較します。
- 窒素ガスボンベ 4070円(税別)
- アルゴンボンベ 4650円(税別)
- ヘリウムボンベ 16845円(税別)
窒素の3倍以上の値段です。
それだけ貴重なガスだということですね。
ちなみにガスボンベのサイズは高さ約97cm×直径約14cm。重量は約13kg。充填圧力は14.7MPa(35℃)。
レジャーダイビングで使用されている空気のボンベと比べて二回りくらい小さいサイズです。
主な使用用途はバルーン充填用の純ヘリウムですので、間違っても吸うことがないようご注意ください。
ヘリウムの用途と需要
出典:JIMGA
ガスの主な用途は光ファイバーや半導体に使用されていることが分かります。
飽和潜水はその他に入るということでしょう。
あまりメジャーな用途ではないようです。
日本で販売されているヘリウムは2013年頃から約1000万㎥でほぼ横ばいで推移しています。
世界的に需要が増しているヘリウムですが、日本では値段が高騰している上に輸入の多くを頼っていたアメリカが減産、近年ヘリウムガスを増産しているカタールも中東の情勢が不安定なため安定した調達に苦労していることが伺えます。
身近なところでガスや液体のヘリウム活用を3つ具体的に紹介します。
- 低温工学:超電導、低温物理学、絶対零度に近い環境での研究が必要な分野で冷媒として使用されています。超電導といえばリニアモーターカーですね。リニア新幹線が将来走っていることを子供の時に夢見ていましたが、まだ実現に至っていません。子供と乗れる日が来ることを楽しみにしています。
- その他(労働産業):大深海潜水用呼吸ガスとして用いられます。麻酔効果が少ない、粘度が低い、呼吸抵抗が小さい、身体からの排泄速度が速い。熱伝導率が高いため、体温調節が難しくなり低体温症になる危険があります。空気と比較してはるかに高価なため、現在日本で飽和潜水システムを運用して呼吸用ヘリウムガスを使用しているのは海上自衛隊とアジア海洋株式会社の2か所のみとなっています。
- 医療:液体に溶けにくく人体に無害という特性もあり、血管内で素早く膨らませたり縮ませたりすることで心臓の機能を補助するIABPバルーンに吹き込む気体として採用されています。さらに液体ヘリウムはNMRやMRIで超電導磁石の冷却にも使われています。
日本でヘリウムを輸入している会社は上記の5社です。
露店で売られているバルーンに入れるヘリウムもこの5社のいずれかから卸されてきたものになります。
私が自衛官として飽和潜水するときにお世話になったのはジャパンエアガシズという会社でしたが、現在は日本ALに買収されています。
当時のシェアは分かりませんが、この表を見る限りヘリウムに関してそれほど大手ではなかったことが分かります。
ヘリウムガス一つとっても使用用途によって取り扱い方法が変わってきますので、潜水用で使われるガスの関して実績や価格競争力があったから御贔屓にしていたのかもしれません。
ヘリウムガス吸入による影響
ヘリウムを一番身近に感じられるのはパーティーグッズの一つにヘリウムガスを吸入して声を変えるボンベが売っています。
安価なスプレー缶に入っていておもちゃ屋や量販店、ネットショップなどで誰もが手に入れることが出来ます。
ヘリウムの特徴である音の伝導速度が速い(純ヘリウム常温1気圧:1007m/秒)ことが原因でヘリウムガスを吸入するとドナルドダックのような甲高い声になります。
ちなみに人以外の生き物や音源はどうなるかというと2005年6月25日放送の朝日放送「探偵ナイトスクープ」でこれに関して興味深い特集をしていました。
番組での実験結果
犬の鳴き声・・・高くなる
ガチョウの鳴き声・・・少し高くなる(よくわからない程度)
ブタの鳴き声・・・よくわからない
九官鳥の声・・・高くなる(人の声と同じ)
坊さんの読むお経・・・高くなる
トロンボーン(管楽器)・・・高くなる
大だいこ・・・変化なし
木魚・・・変化なし(少し響きにくくなるとコメント)
スピーカーを通した声(人は空気中、スピーカーのみヘリウム中)・・・変化なし
大だいこや木魚などの打楽器は膜の張力やサイズなど楽器の方の物性値で振動数が決まることから音の変化はない。
スピーカーを通した声は、スピーカー中の電気信号で強制的に決められた振動数で振動させられるので、変わらない。
トロンボーンなどの管楽器は、人の声帯と同じ管の中で気体を振動させるので、音が高くなる。
九官鳥の声も人の声帯と同じなので高くなる。
楽しく遊べるヘリウムガスですが、吸い過ぎや風船用ガスの誤用で嘔吐や意識を失う事故が発生することもあります。
大半が12歳以下(12歳児童意識不明:2015年1月テレビ朝日)自殺に使用された例もあるのでヘリウムを吸入する際はガス成分の確認と節度を持つことが大切です。
まとめ
飽和潜水と関係の深いガス、ヘリウムについて調べてみたことを紹介しました。
飽和潜水のみならず意外と身近にヘリウムってあるんだなっていうのが個人的な感想です。
これからも高騰していく可能性があるヘリウムですが、日本から飽和潜水が無くなることはありません。
海洋国家である日本において国防の要である潜水艦がある限り、それを救難するための飽和潜水員の存在は必須です。
景気に左右されることなく恒常的にヘリウムを使用できるのは海上自衛隊の飽和潜水部隊のみです。
深海という未知の世界を体験できる魅力的な飽和潜水という仕事があることもヘリウムつながりで知ってもらえると嬉しいです。
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