海上自衛隊における潜水員の最終形態は飽和潜水員と水中処分員(EOD)の2つになります。
なぜか飽和潜水員は水中処分員からよく思われていません。
苦しい教育を共にしてきた同じ潜水員であるにもかかわらずです。
どちらの仕事にも携わり両方の潜水員の話を聴いて見えてきたことがあります。
今回は飽和潜水員がなぜ水中処分員から悪く言われているのか?考察していきます。
殿様ダイバー
飽和潜水の教育を受ける前に最終形態の潜水員は皆、潜水課程(旧軟式課程)でヘルメット潜水を経験します。
その時潜水員は重たいヘルメット、コンプレッサーに繋がれたホース、体が浮き上がらないための重錘ブーツを身にまといます。
総重量は80㎏近くになります。
それらを船上で装備したのち海中へ潜っていきます。
ヘルメットや潜水服の装着はかなりの大仕事になるので潜水服は一人で着れたとしても、ヘルメットの装着やホースの装着は視界や動きが制限されるため一人では非常に困難です。
そのためヘルメットで潜水する際にはダイバーをサポートするテンダーと呼ばれる補助者がいます。
海中に送り出すまではダイバーとテンダー2人で安全に潜水ができるかダブルチェックを行います。
ここでよく耳にする話なんですが「飽和潜水員は殿様ダイバー」と呼ばれているということです。
理由は子のヘルメット潜水に起因します。
1人で潜る準備ができない。
潜水の準備はテンダーに任せて殿様のように座っている。
呼吸する空気や潜るための道具の準備も全て他の人がやってくれる。
そんなイメージでしょうか?半分合ってて半分間違ってます。
確かにどんなに努力しても一人で出来ないことはあります。
例えば呼吸するための空気を送ってもらうことは体が二つ無いと出来ません。
そもそも他給式の時点で一人で潜ることが出来きません、その分潜水で使う呼吸ガス量の制限がないのですから。
潜水方法の違いによりどうしても一人では潜れないという事実があることをもう一度教育課程からやり直して理解してもらいたいものです。
プライドの高さ
仕事にプライドを持つことは大切だと思います。
しかし、水中処分員はプライドが高すぎて同じ潜水をしている飽和潜水員に対して悪い所をばかリ見て、上から見下ろす傾向があります。
例えば数年前に飽和潜水員が潜水訓練中に定点ブイを流されてしまい、予定していた深度以上に潜水してしまった事故がありました。
当時私は水中処分員が所属する部隊にいましたが事故速報を聴いたとき
「そんなこと水中処分員ならやるはずがない」
「飽和潜水員は設標すらまともに出来ないのか?」
「深度計くらい気にして見とけよ」
「ボンベを背負って潜ることがほとんどない潜水の素人だ」
と全く意に介する人はいませんでした。
確かに潜水に携わる人から見ると潜水深度が今どのくらいなのか?残りの潜水時間はあと何分なのか?など気にしなければならないことを怠っていることが伺えますが、それをただ飽和潜水員だからと終わらせてしまってはいけません。
事故や失敗から、他山の石としないようにすることが安全潜水に繋がるはずなのですが、、、
確かに水中処分員の実海面訓練量は飽和潜水員より多いです。
しかし、あくまでスクーバボンベを背負って潜った時間にすぎません。
逆に飽和潜水員はほとんどそういった潜水法での訓練を行う機会は少ない。
なぜか?
主任務で使用する機会がとても少ないからです!
飽和潜水員の主任務は潜水艦救難や航空機救難であり、あくまでヘルメットをかぶり大深海で長時間作業する飽和潜水だからです。
だからといって、自分が今何メートル潜っているとかあと何分潜れるかを把握しなくてもいいわけではなく、潜水方法により気を付けることが変わってくることを認識しておく必要があるということです。(ちなみに飽和潜水中は時間無制限なうえ対応している深度計もない、アンビリカルケーブルの長さが30mなんで潜れてもPTC深度+30m)
飽和潜水員がこういった事故を通じて、スクーバ潜水に慣れていないという現状を露呈したことは、海上自衛隊の潜水員の最終形態の一つの職種として恥ずかしい事でもあります。
飽和潜水員歴の方が長かったから擁護するような形になるかもしれませんが。飽和潜水員はスクーバ潜水訓練の時間を増やすのが難しいのが現状といえます。
つまりやることが多いのです。
艦艇の任務行動(広報、新造潜水艦の試験運転、魚雷揚収、潜水艦救難艇の運用など)の合間に潜水訓練を行います。
潜水訓練の方法もスクーバ潜水からヘルメット潜水、PTC(水中エレベーター)を用いた潜水など多岐に及び、一つ一つの訓練の回数に限界があることが分かります。
さらに飽和潜水で使用する装置を常に使える状態にしておくため、定期的に稼働orメンテナンスを行っています。
要するに忙しくてスクーバ潜水の練度を上げることが難しいのが現状だということです。
水中処分員を含め多くの専門職の人たちは自分の分野以外については全く知識がありません、そのうえ勉強しようとする気も理解を示す気もありません。(興味も余裕がないともいえる)
それによって生じる誤解や先輩から言い伝えられる風評のみで判断してしまっていることが両部隊の溝を広げている原因ではないかと感じます。
若年層にはそういった偏見や知識のない人は少ないのですが、中堅以降の高齢層に傾向が強く表れていることが分かります。
同じ潜水員として老害にならないようベテランの潜水員はプライドを持つのは構いませんが、正しい知識も持ち合わせて両部隊の橋渡しになってもらいたいものです。
別に飽和潜水員はなんとも思っていない
水中処分員から飽和潜水員が悪く言われることが多いという話ですが、双方が悪く言っているわけではなく、飽和潜水員から水中処分員に対して何か意見を言うことはないのです。
飽和潜水員は自分たちの守備範囲を十分理解しているため、浅深度における作業で自分たちより優れた技術を持つ人たちがいることをわきまえています。
あまり専門分野以外に興味がないとも言えます。
極端な話、自分たちしかできないことに対してエネルギーを集中して訓練や自己鍛錬を行っているため、艦艇の潜水員や水中処分員の事を気にしている暇がないのかもしれません。
飽和潜水の仕事に誇りや自信は持っていますが、皆謙虚です。
他部隊と比べることがないからですが、マイペースな人が多いことも理由の一つといえます。
海上自衛隊では自分たちの持つ技術を競い合う術科競技があります。
その競技なんですが水中処分員はやりますが飽和潜水員はやりません。
なぜ行われないのか聞いたことや調べたことはありませんが、なんとなくですが想像はつきます。
飽和潜水は部隊が少なく実施できる規模でない事やそもそも術科を競うものではなく常に練度を高い状態に保つことが必要とされるからです。
あとは競技という形で順番を決められるほど単純比較できない複雑な技術を要求されるものであったり、そもそも飽和潜水は順位を競う以前の問題として日本に二隻しかない艦艇部隊で救難を回さなければいけない現状があります。
海上自衛隊の艦艇は5年に一度定期検査と呼ばれる、長期間主任務から離れ、安全に運航するための点検整備を行っています。
呉基地所属の「ちはや」と横須賀基地所属の「ちよだ」が同時に定期検査や修理に入ることはほとんどありません。
なぜなら、もしその2隻が稼働できなくなった際には、万が一潜水艦で自己が発生したとしても救難救出をする手段がないからです。
要するにお祭り騒ぎで盛り上がってる暇がないほど忙しいのです。
まとめ
飽和潜水員が水中処分員からよく思われていない理由をまとめます。
- 1人で準備して一人で潜ることが出来ない
- スクーバ潜水関連技術が未熟
- 自己の技量に対するプライドが高い
- 潜水法の多様性について知識が少ない
一方的に嫌われている感が否めません、専門は違えど潜水という共通する分野で働いている以上、協力する場面は必ずあると思われます。
その時にお互いを尊重しあい、持てる技術を出し合って任務を遂行できるように両部隊の理解を深めていってもらいたいと思っています。
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