除水を頑張る透析患者との関りから看護者が出来ることと出来ない事を考察してみる

体重計 看護

透析クリニックに勤めて分かったことの一つに、患者の急変の主な要素は除水量に比例することです。

透析日以外で飲み食いした結果が、全て透析日の開始前体重測定に顕著に表れるのが透析患者です。

飲食意外に増加するはずがないにも関わらず、なんで増えたか分からないと答えるのは透析看護者の謎の一つです。

透析導入する原因の第一位が糖尿病であり、糖尿病になる人たちの自己管理能力の面から考えると何となく察しは尽きますけどね。

看護者サイドからすると除水が多くて辛いのは本人なので構いませんが、無理な除水によって意識消失などが起きては困るのもまた事実です。

沢山飲み食いした結果の体重増加を過除水でチャラにしたい患者と、体の負担が少ない毎回安定した少なめの除水を望む看護者との理想と現実がぶつかり合うのが透析クリニックの現場です。

20代から30代半ばまで好きなものを好きなだけ食べてきた身とすると、食欲を制限するようにと自分より年上に指導するのはかなり抵抗があります。

ましてや、自分は気を付けていたとしても、職員の中に1人でも肥満体系の人間がいる中で、偉そうなことを言える立場ではないと思えてしまうのは私だけではないはず。

ストレスフルな現代社会で好きなものを食べることはストレス発散にもつながりますし、特に女性は人付き合いなどでランチに出かけることも多くあり、楽しみや生きがいに繋がっていることもあります。

普通におしっこが出る健常人にとって、毎回5キロ以上増加してくる透析患者たちが、どれほど食べ飲みしているかは正直なところよく分かりません。

自分の飲水量を正確に測ってみると、透析患者の気持ちが少しは分かるのかもしれませんが、今のところは他人事です。

今回は、最近少し話を伺った比較的自分と年の近い女性患者とのやり取りから透析患者の気持ちを考察します。

その日は約6キロの体重増加を5時間以上かけて除水する設定でした。

毎回血圧も低めでいつもギリギリでなんとか除水している感じです。

今日も終盤にかけて最高血圧が100を境に行ったりきたしている状況で、血圧によってはいつ中断してもおかしくない状況でした。

通りかかったスタッフの一人が「○○さん大丈夫?頑張って!」と声をかけ「うん大丈夫、頑張るよ」というやり取りを目にしたとき、何とも言えない違和感を感じました。

看護者が患者に対して「頑張って」という声掛けが果たして適切なのか?そもそもなにを頑張るのか?がよく分からなかったからです。

看護者としては患者が頑張るということは、血圧や意識を落とさず無事透析を終えることを意味します。

患者にとって頑張るとは、自分が望む除水を全て終えることを意味します。

理想は両者の意味が叶うことですが、現実はなかなか厳しく、どちらかもしくはどちらも叶わないことがあります。

具体的な例では、意識消失して補液したり、吐き気を催したり、足がつったり、血圧が下がるなどで除水を中断し患者が望む量をやりきれないことがよくあるからです。

そう考えると患者としても看護者としても、頑張ってもらうことにあまりメリットはありません。
もちろん増えた体重を放置することは出来ませんので、頑張って除水しなければいけない時は必ずきます。

それでも私は患者に対して「頑張れ」とは言えない。

体重増加は生命維持の過程として当然の結果ですし、看護者は体重という数字でしか分かりませんが、ストレスや気分、人付き合いなど増加の理由は数えきれないほどあります。

そもそも頑張るのは看護者ではなく患者自身であり、増加の理由を一番わかっているのは当の本人であることから、人に頑張れと言われなくても頑張るのが当然です。

結局、残すと次回苦しくなることは自分が一番よく分かっていることから、今日頑張ざるを得ないのが体重増加の多い患者の本心ではないでしょうか。

例えるなら夏休みの宿題を先送りにし続けて8月31日を向かえるような気持ちかな。

宿題と大きく違う点は人に任せられない事と終わらせないとヘタすると命に関わる事です。

「頑張れ」とは言えませんが、本人が頑張れるように除水速度や透析液温度、体位の調整、気を紛らわすための会話など看護者として協力できることは惜しまず手を貸したいものです。

この女性は比較的若く人付き合いもあり「透析していてタダでさえ時間的制約があるのに、友達とランチに行くのも制限されると楽しみがなくなって、何のために生きているのか分からない」とも話していました。

血液透析によって折角永らえた命をどう使うかは患者本人の自由であり、体重増加の負担の辛さを背負うのも患者自身であるのなら、看護者は自然の流れに任せるしかないのかなとも思えます。

例えそれが、患者の余命を短くすることに繋がろうとも、本人が望む生き方に口をはさむことは、誰も得しないただのお節介でしかないのでしょう。

そう考えてしまうのは看護者として職務放棄なのかもしれません。

透析を導入するもの続けるのも患者本人の意志なら、看護者が出来ることってほんと微力だなって感じます。

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