飽和潜水員なんてやめとけ!高圧環境が与える体への異常を紹介

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深海潜水仕事
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海上自衛官として仕事をしているとき飽和潜水という仕事についていたことがあります。

主な任務は浮上できなくなった潜水艦に対する救難処置(呼吸する空気や食料の補給)です。

より深い深度において潜水艦救難を実施できるように陸上でシミュレーション訓練ができる施設があります。

その部隊に配属され運がいいことに440mの飽和潜水に参加させてもらったときの経験談をお話ししたいと思います。

飽和潜水の部隊で毎年大深度の潜水を行っているのはここだけであり実際の深海とは違い潜水医学を実験する色合いが濃いものとなっています。

深度は深いものの水中での作業は狭い水を張ったタンク内なので正直楽なものでした。

なので参加希望者は多く私が参加できたのは当時経験も浅く最年少であったこと運が良かったことなどが重なった結果だと思っています。

自衛官人生でこれほど貴重な経験ができた幸運に感謝したいです。

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加圧中に感じた体への影響

440m相当の圧力まで加圧していくのに3日を要します。

1分1mのスピードで加圧していきますが、ノンストップといるわけではなく途中で休憩時間を挟みます。

理由は高圧神経症候群(HPNS)の発生を予防緩和するためです。

一般的な症状としては吐き気、振戦、めまい、疲労感、眠気などがあります。

実際に200mを超えたあたりからめまいやふらつきを感じましたが一晩寝ると環境に慣れたせいか症状は緩和したのを覚えています。

神経症状より不快なのは暑さです。

例え1分1mのゆっくりした速度とはいえ圧力が高まるに比例して居住タンク内の温度は上がっていきます。

例えるならとても湿度の低いサウナに入っているような感じです。

加圧中は特にすることはありませんが、暑さを紛らわすのと加圧のために使用している純ヘリウムガスが居住タンク内のガスと混ざるのを助けるため内輪で扇ぎ続けます。

思っていたより重労働でした。

自由にシャワーを浴びれない環境で大汗をかくことはとても辛いことです。

汗臭くなるの嫌だなと思っていましたが、なぜか高圧環境下では嗅覚は鈍くなりほとんど匂いを感じなかったことは私自身より周りの先輩方にとって不幸中の幸いだったのではないでしょうか。

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何て言ってるの?

飽和潜水の居住環境内のガスはほぼヘリウムです。

ヘリウムは不活性ガスと呼ばれ、他の気体と反応を起こすことがほとんどない安定したガスです。

同じ不活性ガスの窒素は深深度で窒素酔いという人体に重大な影響を及ぼしますが、ヘリウムは全くの無害です。

しかしながらヘリウムを使用することで弊害も起こります。

個人的に一番厄介だと思ったのはヘリウムボイスと呼ばれる現象です。

ダイバーの声が甲高くなりタンク内の人間同士でさえ何を言っているのか分からなくなってしまうことです。

居住タンク内はとても狭く4畳半程度の広さしかないにもかかわらず、目の前で話している先輩の話が全く理解できない。

会話ってリズムがあるじゃないですか?

若い頃は相手の話の腰を折ったり、話のリズムを乱さない事に気を使いよく分からなくても適当に相づちを打つ癖がありました。

よく分からないのに適当に頷いていたので先輩にこっぴどく叱られて、しかも結構小さいことをずっと根に持つタイプだったらしく約1か月のタンク監禁生活が非常に辛いものになったことは今でも覚えています。

自分の適当さが招いた結果とはいえ極限環境では人間の本性が見えることがよく分かった貴重な体験です。

この飽和潜水訓練後その先輩と距離を置いたのは正しい判断だったと確信しています。

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股関節に違和感が・・・

加圧中は特に感じませんでしたが、440mに到達したのちチョコチョコ狭いタンク内を移動していると時々ピキッ!と股関節に痛みが走ります。

下手に動かして悪化するのも嫌だったのでとりあえず痛みを感じたらその場でしばらくじっとしているといつの間にか痛みが消失します。

これも高圧環境特有の症状で加圧関節症と呼ばれます。

一般的に肩関節に多く症状が発生するようですが少数ながら股関節にも起きるようです。

高圧神経症候群と同様に詳しいメカニズムは証明されていません。

私が潜った時のメンバー6人中5人は症状を訴えており居住タンク内の痛みがあることで生活に不快感を訴えていた人が多かったように思います。

しかし水中にいる時は重力による影響が少ないためか主観的に痛みが発生する機会はほとんどないように感じました。

飽和潜水士の目的は水中作業にあることを考えると、水中で症状があまり出ないことはダイバーにとってありがたいことではないかと思いました。

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室温30℃上下スウェット来てるのになぜ寒い?

ヘリウムガスは不活性ガスで人体に悪い影響がない。

と話しましたが会話以外にもヘリウム環境には特徴があります。

それは熱伝導率が高いことです。

空気と比べると約7倍熱を伝えやすい性質があります。

飽和潜水中は居住区内の温度は約30℃に維持されています。

普通の生活の中で室温が30℃もあれば暑くて仕方ないのですが、ヘリウムガスが充満した環境では意外や意外ちょうどいいのです。

個人差もありますが人によっては寒いと感じることもあります。

その場合は多数決により温度を0.5~1℃上げてもらったり、衣服により調整を図ります。

タンク内では人が移動することによって発生するわずかな気流でさえもひんやりと感じるくらい熱に対する許容範囲が狭まっています。

賢明なダイバーであれば気温のみならず提供される飲食物やシャワーの温度に至るまでよくよく注意を払う必要があるでしょう。

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常時マスク付けているような息苦しさ

深度が深くなればなるほど強くなるのは息苦しさです。

100mくらいでは特に普段と変わらず呼吸できるのですが、300mを超えてくると意識して呼吸する感じになります。

富士山に登った時に吸っても吸っても呼吸した気にならないので意識して呼吸していましたが、それとは違い”呼吸するガスが重い”と表現するのが一番近いかもしれません。

4畳半程度の狭い空間に地上にいる時の40倍以上高密度のガスを吸っているのですから当然といえば当然です。

ヘリウムという2番目に小さい分子の気体を吸っているからまだ生き苦しい程度で済みます。

もしヘリウムが不活性ガス出なかったらもっと分子の大きいアルゴンガスなどで潜水する必要があり現在の400m超の飽和潜水は実現しなかったでしょう。

ちなみに映画DIVE「深海からの帰還」ではヘリウムの代わりにアルゴンを使用する場面がありますが「スープを飲むように呼吸するんだ」という管制官の声掛けが飽和潜水での息苦しさの特徴を的確に表現しています。

この映画は私自身が受けた飽和潜水の教育課程でも使われていて飽和潜水士の実際がリアルに描写されています。

興味がある方は一度ご覧になってみてはいかがでしょう。

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まとめ

440mの飽和潜水の体験談を語ってきました。

普段の生活ではあまり体験できないことばかりです。

しかもどれもこれも辛い事ばかり。

しかしこんな過酷な環境であっても人間は慣れます。

440mの環境に約4日滞在しましたが、2日目には何事もなく生活していました。

生き苦しいのも関節が痛いのも会話が通じないのも全て慣れます。

そして長い長い浮上期間が終わればわずかな休みと高額な手当てを頂くことができます。

退屈で仕方ないかと思っていましたが、潜水医学の発展のため様々な実験をしながら浮上するので毎日何かしらやることがあります。

私のように人間関係を崩すことがなければ比較的心穏やかにひと月を過ごせることでしょう。

日本では海上自衛隊と民間企業1社でしか経験できない貴重な飽和潜水士としての体験が少しでも役に立つことを願っています。

 

 

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