海上自衛隊には、生身の人間が何百メートルも潜ることができる、飽和潜水という技術がある。
日本では海上自衛隊、アジア海洋、日本サルベージが実施していて、金と時間と人手が掛かる潜水法。
今回は飽和潜水の特徴について解説していく。
そもそも飽和ってどういう意味?
飽和潜水の飽和とは、体にもうこれ以上のガスが溶けない状態(飽和状態)を指す。
サチュレーションダイビングとも呼ばれる、医療用語だとサチュレーションは血中酸素飽和度でよく使われる身近?な言葉。
水に砂糖を溶かしていき、一定量を超えると溶けなくなる飽和水溶液と同じ現象、これが人体にも起こる。
実は、地球上すべての人が大気圧下で空気吸ってるので、飽和潜水したことある奴から言わせると、常にみんな絶対圧1気圧の空気飽和潜水をしてたりする。
空気やヘリウムなどのガスも、砂糖みたいに水に溶ける量が決まっている。
人体の70~80%は水なので、ガスが溶け込むし、溶ける量にも限界がある。
潜水中、人体にガスを飽和させるかさせないかによって、大きく飽和潜水と不飽和潜水に大別されるが、飽和潜水は不飽和潜水と比べ、いろんな面でサチュレーションしていることが多い。
体にガスを飽和させるとどうなるか?
一般的なダイビング(不飽和潜水)ではどんな人でも、一日に潜れる深さや時間は決まっている。(大気圧潜水を除く)
なんで制限があるのかというと、呼吸しているガスの飽和状態が関係している。
潜水する時間及び深さによって、長く深いほど多量にガスが人体に溶け込むため、深深度かつ長時間ダイビングすると、溶け込んだガスを安全に排出するため、長時間の浮上(減圧)時間を要する。
他給気かつステージを使った潜水であれば、ある程度長時間の減圧にも対応できるが、自給気のスクーバボンベで、ポイント索がなくフリー潜行浮上では安全な浮上停止もできない、なによりボンベのお替りが必要。
安全第一の自衛隊では、スクーバ潜水における作業は、基本無減圧の範囲で行うと定められているし、無減圧ギリギリであっても潜行用の索は必ず使うので、大事をとって浮上停止を自己判断で行うこともしばしば。
それもこれも人体に溶け込んだ窒素などが気泡化して、減圧症に罹患しないため。
レジャーでも業務目的でも、前回潜った深さや時間から、24時間以内に潜る場合には、何時間休憩したら何メートルで何分潜れるかを毎回計算することが必要不可欠。
一方、飽和潜水は体に限界までガスを溶け込ませているので、スクーバダイビングのように、潜水時間や浮上停止を気にしながら潜る必要はない。
しかし、ガス飽和状態から減圧症を生じさせないよう、非常にゆっくりと浮上するため、浮上(減圧)は通常の潜水と比べより長時間を要する。
潜る深さによって浮上する時間は固定されるため、作業時間が長期間に及ぶほど効率が上がるのが飽和潜水の特徴であり強みでもある。
つまり、より深く長く潜る必要のある仕事ほど、飽和潜水の方がコスパが良くなる。
大量のガス・人員、加減保圧装置、支援設備に莫大な費用が掛かる
深深度でほぼ時間制限なく潜水作業ができる飽和潜水だが、その反面デメリットも大きい。
まず加圧・保圧・潜水作業中の呼吸にめちゃくちゃガスを使う(金が掛かる)、440mボトム3日の飽和潜水で約3000万円Σ(・□・;)これ純粋にガス代だけ。
当時でもヘリウムはめちゃくちゃ高かった、今だと円高やら中東情勢やらでもっと高くなってるはず、詳しくは下記参照。

飽和潜水における圧力・呼吸ガス、食事、排泄処理、居住施設の温湿度、酸素・二酸化炭素濃度などの管理は、すべて外回りのサポートダイバーがコンピューターを操作して管理している。
基本的にコンピューター制御だが、昼夜を問わず24時間体制で、機器の作動状況のチェックやダイバーの要望を叶えるため常時人員を配置されている。
減圧開始後の外回りローテーションは当直、日勤、休みで回し、各直が2人一組4時間交代とすると、一日6人最低でも18人必要。
飽和潜水は、結構な一大イベントで、実施部隊だけでは人員が足りず他部隊から、外回りの派遣を要請することも珍しくない、ヘルプを含めても加圧や作業中は総出だし、定時なんか関係なく、予定の業務が終わるまで仕事は続く。
どこの部隊から派遣されたとしても、飽和潜水業界は狭く・仲間意識が強く・見栄っ張りのため、派遣者に感謝を込めて、潜水手当という名のお土産を、マシマシでつけてくれるのは内緒の話。
加圧・保圧・減圧中を過ごすタンクと生命維持装置、深海に移動するための水中エレベーター、支援船・支援設備など、飽和潜水をするために必要なものを挙げるときりがないくらい出てくる。
飽和潜水のシステム一式に掛かる費用の総額は想像もつかないが、導入や維持管理、人件費もろもろを考えると、不飽和潜水のどんな職業ダイバーでも、複数ボンベを使用し、トライミクスを利用した深深度テクニカルダイバーでも、必要経費は雲泥の差があるだろう。
飽和潜水の活用
飽和潜水が活用される場面とは。
海上自衛隊では
- 潜水艦救難(潜水艦の浮上、潜水艦乗員の救助・延命)
- 航空救難(航空機の搭乗員の収容、機体の回収)
- 深深度海中捜索物など
アジア海洋では
- 海上の建築物作り
- 海底に配管や通信ケーブルの設置
- 海上で大きな船を係留するための設備作り
- ダムの修理 など
日本サルベージでは
- 深海に沈没した船舶からの燃料油、有害物質の除去、船体の撤去など
海上自衛隊の飽和潜水の主目的は潜水艦救難であり、主に潜水艦が航行する場所は、大陸棚と呼ばれる水深200mほどの近海海域。
一般的な空気を使用したスクーバダイビングでは作業どころか、目標の深度にすら到達できない、そんな深度で活躍する技術が飽和潜水。
潜水艦救難についてはこちらを参照

まとめ
飽和潜水の特徴をまとめる。
- 潜水するとガスが人体に溶け込むので、減圧時間や減圧症のリスクが付きまとい、潜水時間に制限が掛かる。
- だったら逆にガスを飽和状態にして、潜水時間を延ばせば効率が上がるんじゃね?
- その代わり減圧時間はめちゃくちゃ掛かるし、ガス代・設備代・人件費はバカ高くなる。
飽和潜水は、深く長く潜るときに用いられる潜水なので、簡易的に誰もが潜れるスクーバダイビングより危険で怖いイメージを持つかもしれない。
しかし、実際は潜るのも浮上するのも全部コンピューターで制御され、ダイバー間や管制官と会話する手段も確保されている。
非常事態に備えて、何重にも安全機能が装備されていることを考えると、むしろスクーバダイビングより安全。
飽和潜水は、ロボットではなく人の手でしかできない、繊細な作業を深海で必要とされる際に行われる、技術の進歩によりROVや水中ドローンの性能はどんどん向上しているが、現状人の手には遠く及ばない。
深海において、複雑な作業を必要とするときにこそ光るのが飽和潜水。
飽和潜水を行っているところは海上自衛隊、アジア海洋、日本サルベージのみ。
その中で高卒&低学歴でも、飽和潜水員になれるのは海上自衛隊だけ。
敷居は低く門扉は広くとも稼ぎはいいので、金のためには肉体労働を惜しまない脳筋諸兄におすすめである。
