飽和潜水という言葉が、大きくメディアで取り上げられたのは2022年4月。
北海道知床沖で起きた、観光船の沈没事故に伴う行方不明者の捜索に、日本サルベージが実施した潜水法の一つが飽和潜水。
北海油田がある北欧においては、日本と違い民間が運営する飽和潜水専門学校があったり、メディアに取り上げられる時も特に注釈なく紹介されるなど、比較的メジャーな職業の一つ。
日本ではアジア海洋、日本サルベージ、海上自衛隊が飽和潜水装置を保有しているが、誰もそんなこと知らないし、事故絡みのイベントでもない限り興味も持たれることはない。
今回は、一応元海上自衛隊の飽和潜水員だったころの記憶を辿りつつ、無知のド素人であっても分かりやすい(と思われる)飽和潜水の一連の流れを解説していく。
減圧室(タンク)に入り予定の深海圧力相当まで加圧する
まずは減圧室と呼ばれるタンクに入り、作業する深海の圧力近くまで加圧する。
減圧室なのに加圧するなんて変?でも主用途は安全に減圧するための部屋だからね、深読み不要。
加圧の手順は小難しいので割愛、仮に水深100mまで加圧するとしたら大体2時間くらいと思っとけばいい。
ちなみに100mまで空気で加圧すると、窒素酔いでパリピーになるかぶっ倒れるので、ヘリウムを使用する。
窒素酔いについてはこちらの記事を参考

加圧中は基本ひたすら耳抜き、あとは熱くなるから団扇使う。ポータブル扇風機?40気圧対応のリチウムイオンバッテリーの需要なんてなかろう。
ヘリウムは軽いから減圧室の天井付近に溜まりやすい、ユラユラと蜃気楼みたいに見えるけど、直に吸うと酸欠であっという間に意識飛ぶ。だからひたすら天井を扇いで混ぜる。
減圧室から水中エレベーターに乗り移り海底へ
加圧が終了したら、減圧室に接続されている水中エレベーター(PTC)へ移動する。
PTCは球形のカプセルで、定員は3~4名、海中で作業するために必要な器材が積み込んで、船上と海底を行き来する乗り物。
加圧時は減圧室と一体化してるので、あとから単独で加圧することはない。
加圧が終われば、さっさとダイバーはPTCに乗り込み、減圧室から切り離され海底へと向かう。
減圧室~PTC~海底の圧力をほぼ同じ状態に維持することが飽和潜水の肝であり、強み。
飽和潜水の特徴については下記記事を参考

海底に着いたら潜水作業開始
PTCが予定の深海まで降ろされたら、ハッチを開き潜水開始。
PTCの出入り口(ハッチ)は足元にあるから、海底から5~10m程度高い位置で止めておく。
ダイバーのPTC出入りのためでもあるが、減圧室と接続する部分に、傷がつくのを防ぐのが一番大事だったりする。
接続部が傷つくと、減圧室に戻れなくなって、トイレもシャワーもないPTC内で、何日間も減圧に堪えなければならない。
潜水器を装着したら、下部ハッチから外に出て、各所の正常作動確認をし潜水作業開始。
飽和潜水は、基本的に制限なく潜ることが可能な潜水なのだが、(私が勤めていた当時2010年頃)海上自衛隊では連続潜水作業を4時間以内に定めている。
減圧室で大気圧到達までひたすら待つ
無事海底の作業が終われば、減圧室で減圧を開始。
作業は既に終了しているので、基本的にやることがなく、減圧終了をひたすら待つだけになる。
減圧中の運動は、減圧症のリスクが高まるので基本的に禁止、しかし過去には、飽和潜水中に隠れて筋トレしたため減圧症に罹患、再圧治療されたAFO事例がある。
そもそも、ちょー狭いタンク内で、膝を突き合わせるように生活しているのに、運動不足解消とはいえ身体を動かそうものなら、迷惑以外の何物でもない、日がな一日座って過ごすのが無難。
暇つぶしといえば、テレビや雑誌くらい。
スマホなどの通信機器の持ち込みは禁止されている、理由は以下。
飽和潜水では加圧が開始されると、隊員の生命に危機が生じる状況を除き、任務が完了するまで基本的外に出ることはできない。
もし家族に事故があったも、駆け付けることはできないし、それによって任務に集中できなくなることがあってはいけない、自衛官とはそういうもん。
任務を遂行する義務が課せられているので当然といえば当然、自衛隊で飽和潜水ダイバーになりたければ、承知しておかなければならない。
減圧時間は100mだと、だいたい4日くらい掛かる。
まとめ
サルでも分かるように飽和潜水の流れをまとめる。
- 減圧室に入って加圧
- 水中エレベーターに乗り込んで海底へ移動~潜水作業
- 減圧室に戻り大気圧まで減圧
飽和潜水は機器が大掛かりなんで、複雑な潜水と思うかもしれないが、手順を分解するとたった3つのシンプルなもの。
レジャー潜水は、一日のうちに何度か繰り返し潜水を行い、その度減圧表を引き直して滞底時間や上昇停止時間を確認する必要がある。
それに対して、飽和潜水の加圧と減圧は基本1回づつしか行われないし、加圧減圧スケジュールもコンピューターで制御されているので、減圧症に罹患するリスクがとても低い。
潜水深度が深い飽和潜水だが、実はとっても安全な潜水でもある。
日本ではあまり見聞きする機会の少ない飽和潜水だが、収入面でかなり優遇されていることは間違いない。
学力に不安があるが、体力には自信があるという、脳筋諸兄なら海上自衛隊経由が比較的ハードルが低く再現性も高めとなっているので、興味があれば挑戦してみればいい。
